東京地判平成26年3月13日
平成26年3月13日判決言渡
平成25年(行ウ)第372号 処分取消等請求事件

主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
処分行政庁が原告に対し平成24年12月26日付けでした別紙物件目録記載1ないし6の各不動産に係る登記申請(東京法務局田無出張所同年10月4日受付第44458号ないし同第44461号)を却下する旨の各処分をいずれも取り消す。

第2 事案の概要
本件は,亡A(平成16年6月26日死亡。)の相続人である原告が,別紙物件目録記載1ないし6の各不動産(以下,併せて「本件各不動産」という。)について,同日付けの相続を原因とする亡Aの各共有持分(以下,併せて「本件各共有持分」という。)全部移転登記申請(以下「本件各登記申請」という。)をしたところ,処分行政庁から,本件各登記申請について,不動産登記法(以下「不登法」という。)61条所定の登記原因を証する情報(以下「登記原因証明情報」という。)の提供がないとして,不登法25条9号に基づき,本件各登記申請を却下する旨の処分(以下「本件各処分」という。)を受けたことから,処分行政庁の所属する国を被告として,本件各処分の取消しを求めている事案である。

1 前提事実(証拠等を掲げていない事実は,当事者間に争いのない事実である。)
(1)ア 亡Aは,本件各不動産について本件各共有持分を有していたが,平成16年6月26日に死亡し,亡Aについて相続が開始した(以下,この相続を「本件1次相続」という。)。
イ 亡Aの相続人は,その妻であるB(以下「亡B」という。)及びその子である原告の2名のみであった。
(2)ア 亡Bは,本件1次相続について,原告との間で遺産分割をしないまま,平成24年3月26日に死亡し,亡Bについて相続が開始した(以下,この相続を「本件2次相続」という。)。
イ 亡Bの相続人は,その子である原告のみであった。
(3)ア 原告は,平成24年10月4日,司法書士Cを申請代理人として,登記の目的を「A持分全部移転」,登記の原因を「平成16年6月26日相続」と記載した登記申請書を提出し,本件各不動産につき,亡Aが平成16年6月26日に死亡したことによる相続(本件1次相続)を原因として,亡Aの本件各共有持分の全部を原告に移転することを内容とする本件各登記申請を行った。[甲3の1ないし4]
イ 原告の申請代理人は,本件各登記申請において,登記原因証明情報として,戸籍謄本及び除籍謄本のほか,「遺産処分決定書」と題する書面(以下「本件遺産処分決定書」という。)を添付した。本件遺産処分決定書には,「被相続人Aの相続登記につき,共同相続人の1人で,被相続人の妻Bは遺産分割未了のまま平成24年3月26日死亡致しました。つきましては,被相続人Aの遺産である別紙物件の共有持分は,相続人Dが直接全部を相続し,取得したことを上申いたします。」と記載されていた。[甲3の1ないし4,甲5〔7頁〕,弁論の全趣旨]
(4)ア 処分行政庁は,平成23年8月頃,本件と同様の事案(甲が死亡して甲の配偶者乙と甲乙の子丙が共同相続人となったが,遺産分割未了のまま乙が死亡した場合において,遺産処分決定書と題する書面を添付して,甲から直接丙へ,相続を原因として所有権移転登記を申請した事案)について,東京法務局民事行政部不動産登記部門に照会し,甲から直接丙に対して移転登記をすることはできない旨の回答を受けていたことから,上記回答を踏まえて,原告の申請代理人に対し,遺産分割協議書又は特別受益証明書等を添付できないのであれば,法定相続によるほかないとして,本件各登記申請を取り下げるよう促したが,原告(申請代理人)はこれに応じなかった。なお,登記研究758号及び同759号(平成23年4月号及び同年5月号)には,上記事案について,丙を相続人とする遺産分割協議書又は乙の特別受益証明書等の提供がない限り,直接甲から丙への相続を登記原因とする所有権の移転登記を申請することはできないとの見解が記載されている(以下,これらの記事を併せて「本件各記事」という。)。[甲5〔10ないし12頁〕,乙1,弁論の全趣旨]
イ 処分行政庁は,平成24年12月26日,本件各登記申請について,登記原因証明情報(遺産分割協議書)の提供がないとして,不登法25条9号に基づき,これらを却下する旨の本件各処分をした。
(5) 原告は,平成25年1月7日付けで,本件各処分に対する審査請求を行ったが,審査庁(東京法務局長)は,同年2月8日,上記審査請求を棄却する旨の裁決をした。
(6) 原告は,平成25年6月20日,本件訴訟を提起した。[顕著な事実]

2 争点
本件各処分の適法性

3 争点に関する当事者の主張の要旨
(1) 原告の主張の要旨
ア 亡B及び原告は,一旦本件各共有持分を遺産共有状態で相続したが,その後,原告は,本件2次相続により相続した亡Bの相続分と原告固有の相続分とを合わせて,原告が本件各共有持分を全て単独で取得する旨の確定的意思表示(遺産処分決定)を行い,これによって上記共有状態が解消され,原告が本件各共有持分を全部相続したものである。
イ この点,被告は,本件各共有持分について原告単独での遺産分割は不可能である旨主張するが,以下の(ア)ないし(エ)において述べるとおり,原告は,亡Aの遺産(本件各共有持分)について遺産分割を行うことができるものと解するべきである。
(ア) 例えば,甲が死亡して第1次相続が開始し,共同相続人である乙及び丙が遺産分割をしないまま,乙が死亡して第2次相続が開始したという事例において,乙に単独相続人である丁がいる場合には,乙が取得した相続人としての権利義務は,その相続人である丁が承継し,丁と丙の2人の間で甲の相続財産につき遺産分割の協議をすることができるとされている(昭和29年5月22日民事甲第1037号民事局長回答〔甲7〕)。原告は,本件2次相続により,本件1次相続の共同相続人である亡Bが取得した相続人としての権利義務を承継しているのであり,本件2次相続の結果,たまたま相続人が原告1人となったからといって,原告による遺産分割を認めないこととするのは,不合理である。
(イ) 被告の主張によれば,原告は,本件各共有持分について,法定相続登記(亡B2分の1・原告2分の1)を経る必要があるところ,後述するとおり,複数の共同相続人の間において遺産分割協議を行い,中間省略登記を行う場合と比べて,原告の納付すべき相続税及び不動産の登録免許税が不当に増額することとなり著しく不公平である。
(ウ) 民法は,遺産分割の協議に期限を設けておらず,また,遺産分割の協議,調停又は審判の申立てができる法的地位(遺産分割請求権)は,相続の対象となるから,第2次相続の結果,相続人が1人となった場合においても,遺産分割協議ないし遺産処分決定を行うことは可能である。被告は,本件各共有持分に係る共有状態が既に解消されており,遺産分割を行うことはできないなどと主張するが,原告は,亡Bの死亡後において,本件1次相続における亡Bの相続人としての地位と,原告固有の相続人としての地位とを併有しており,本件各共有持分に係る遺産共有状態は実質的に継続していたと考えるべきである(原告は,本件各共有持分について,亡Bと原告の遺産共有登記を経た上で,亡Bの持分の相続登記をするか,遺産処分決定書に基づき,亡Aから直接単独の相続登記をするか,自由に選択できるものと解する。)。
この点,家庭裁判所の遺産分割手続においても,相続資格の併有は認められており,また,所有名義人が同一人に帰属しても所有の形態(法的性質)が異なる場合の例として,信託財産(信託法2条3項)及び固有財産(同条8項)に対する所有権が同一人に帰属する場合がある。
(エ) 第2次相続の結果,単独の相続人となった者が,遺産分割協議ないし遺産処分決定を行い,その効果を第1次相続の開始時に遡及させたとしても,第三者の権利ないし利益を害することはない。また,前述のとおり,本件2次相続によって,亡Bがもともと有していた遺産分割請求権を行使することができないとすることは,不合理かつ不公平であり,法的地位ないし権利の不当なはく奪というべきである。
ウ(ア) 数次相続が発生して,中間の相続人が数人であったが,遺産分割によりその中の1人が相続したという事例においては,登記実務上,中間省略登記が認められている。本件各共有持分は,原告の遺産処分決定によって,遡及的に亡Aから直接原告に移転しているから,上記事例と同様,亡Aから原告への中間省略登記が認められるべきである。また,本件事案においても,中間省略登記によって,登記原因に第1次相続の相続人と第1次相続の年月日を記載することにより,実体法上の権利変動の過程,態様を最小限公示することができ,中間省略登記によって中間者の利益を害するおそれはない。
(イ) 登記実務は,長年の慣行として,遅くとも平成6年頃から本件各記事が掲載された平成23年5月頃までの間,本件事案のような事例において,遺産分割協議書又は遺産処分決定書を登記原因証明情報として,相続登記を認めてきた(甲5〔14ないし16頁〕)。なお,このような取扱いは,三多摩地域だけではなく,全国的な実務慣行として確立していたのであり(甲8の1ないし4),本件においても当然に考慮されるべきである。
エ 被告は,仮に,実体法上原告単独での遺産分割が認められるとしても,本件各登記申請について,十分な登記原因証明情報の提供があったとはいえない旨主張する。しかしながら,登記原因証明情報は,登記の原因となる法律行為を特定さえしていれば足りるというべきであり,本件遺産処分決定書によれば,登記の原因となる法律行為(前記ア)は特定されているから,被告の上記主張には理由がない。
オ 以上によれば,本件各処分はいずれも違法であるというべきである。
(2) 被告の主張の要旨
ア 不登法1条は,同法の主要な目的が取引の安全を図ることであることを明示し,同法3条各号に規定されている権利の得喪及び変更について,その過程,態様を正確に登記に反映することを要請している。不動産について,所有権等の権利に関する登記を申請する場合には,申請人は,法令に別段の定めがある場合を除き,その申請情報と併せて登記原因証明情報を提供しなければならないとされているところ(不登法61条),この登記原因証明情報は,申請に係る登記の原因となる事実又は法律行為及びこれに基づき現に権利変動等の登記を申請すべき原因が生じたことを登記官に対して明らかにする情報であって,申請に係る不動産について登記すべき権利変動の成立を形式的に証明するものであることを要する。そして,申請情報と併せて登記原因証明情報が提供されないときは,登記官は,当該登記申請を却下しなければならないこととされている(不登法25条9号)。
イ 原告は,本件各登記申請に係る登記の原因について,本件1次相続及び本件2次相続の発生後における原告単独での遺産分割を原因として,本件各共有持分が亡Aから原告に直接移転したということを主張しているが,本件遺産処分決定書は,以下述べるとおり,上記登記原因を証する情報とはなり得ないから,本件各処分はいずれも適法である。
(ア) 複数の異なる登記原因に基づく登記申請は,1件の申請で行うことができず,各登記原因について複数の申請を行わなければならないのが原則である。したがって,数次相続が発生した場合においても,原則として,それぞれの相続について登記申請を行うことを要するものとされているが,登記実務上は,例外的に,① 中間の相続人が1人である場合,② 中間の相続人が数人であったが,遺産分割によりその中の1人が相続した場合,③ 中間の相続人が数人であったが,相続の放棄によりその中の1人が相続した場合,④ 中間の相続人が数人であったが,その相続人の中の1人以外の相続人が相続分を超える特別受益者であった場合に,中間省略登記を認めている(以下,上記①ないし④の各事例をそれぞれ「例外事例①」などというようにいう。)。
本件事案についてみるに,本件1次相続の発生後,亡Aの共同相続人である亡Bと原告との間で遺産分割協議は行われていないから,例外事例②には当たらず,また,例外事例①,③又は④のいずれにも当たらない。
(イ) 遺産分割は,相続財産が共同相続人による共有状態にあることを前提とするものである(民法907条参照)。亡B及び原告は,本件1次相続により,本件各共有持分を共同相続したものの,亡Bの死亡後は,本件各共有持分に係る共同相続人間の共有状態は既に解消されており,これを共同相続人のいずれに帰属させるかという問題はもはや存在しなくなっていたのであるから,遺産分割の趣旨に照らしても,本件各共有持分について,原告単独での遺産分割を行うことはできないと解するべきである。したがって,原告単独での遺産分割が可能であることを前提とする本件遺産処分決定書は,本件各登記申請に係る登記原因証明情報とはなり得ない。
ウ(ア) 原告は,本件各共有持分について原告単独での遺産分割を認めないこととした場合,例外事例②と比較して,相続税及び不動産の登録免許税の課税額が増額して不公平である旨主張する。しかしながら,本件事案と例外事例②とでは,前提となる事実関係が大きく異なっており,両者の結論が異なることは,何ら不合理,不公平ではない。また,相続税及び不動産の登録免許税の課税額の多寡を理由として,実体法上の権利変動に係る法解釈を行うことは背理である。
(イ) 原告は,東京司法書士会三多摩支会(以下「三多摩支会」という。)の実務協議会決議集の記載部分(甲5〔14ないし16頁〕)を引用して,本件事案のような事例については,遺産処分決定書等による相続登記を認める取扱いが長年の慣行であった旨主張する。しかしながら,仮に,東京法務局ないしその支局が,三多摩支会の上記取扱いについて,過去に何らかの見解を示していたとしても,登記実務を拘束するものではなく,その前提となる実体法上の法解釈に影響を及ぼすものではない。
(ウ) 本件遺産処分決定書には,処分行政庁において,いかなる実体法上の根拠に基づき,本件各共有持分全部が亡Aから原告に直接移転したのかを認識することができるような事情は何ら記載されていない。したがって,仮に,本件各共有持分について,実体法上,原告単独での遺産分割が認められるとしても,本件各登記申請について十分な登記原因証明情報の提供があったということはできない。
第3 当裁判所の判断
1 不登法61条は,権利に関する登記を申請する場合には,法令に別段の定めがある場合を除き,登記原因証明情報,すなわち,登記の原因となる事実又は法律行為(不登法5条2項)の存在を証明する情報を提供しなければならない旨規定している。そして,不動産登記制度の目的が,物権変動の過程,態様を公示することにあり(不登法1条参照),権利に関する登記の申請に当たって登記原因証明情報の提供が求められるのは,登記の内容の正確性を確保するためであると解されることに鑑みると,登記原因証明情報は,登記官において,登記申請に係る権利変動が有効に成立していることを形式的に審査し得るものでなければならないというべきである。
2 前提事実(3)によれば,原告は,本件1次相続によって亡Aの遺産である本件各共有持分の全部が直接原告に移転したことを登記原因として,本件各登記申請を行っており,上記登記原因の存在を証明する登記原因証明情報として,戸籍謄本,除籍謄本及び本件遺産処分決定書(以下,併せて「本件証明情報」という。)を提出したものと認められる。そこで検討するに,亡Aの相続人が亡B及び原告の2人であり(前提事実(1)イ),本件1次相続によって,亡B及び原告が,亡Aの遺産である本件各共有持分を遺産共有の状態で取得したことについては当事者間に争いがない。さらに,亡Bが,原告との間において,亡Aの遺産(本件各共有持分)に係る遺産分割をしないままに死亡し,亡Bの相続人が原告のみであったこと(前提事実(2))についても当事者間に争いがなく,これらの事実が存在することについては,本件証明情報によっても証明されているということができる。他方において,上記各事実によれば,亡Bの遺産には,亡Aの遺産である本件各共有持分に対する相続分も含まれており,原告は,本件2次相続によって上記相続分を相続し,その結果,本件各共有持分を全て取得したことが明らかである。そうである以上,本件証明情報によれば,亡Aの遺産である本件各共有持分は,① 本件1次相続の開始時において,亡B及び原告に遺産共有の状態で帰属し,その後,② 本件2次相続の開始時において,その全てが原告に帰属したというべきであって,本件証明情報によって,原告が本件1次相続により本件各共有持分の全部を直接相続したということを形式的に審査し得るものではないといわざるを得ない。
3(1) 原告は,本件2次相続により相続した亡Bの相続分と原告固有の相続分とを合わせて,原告が全て単独で取得する旨の確定的意思表示(遺産処分決定)を行い,これによって,本件各共有持分に係る遺産共有状態が解消されたなどと主張する。しかしながら,民法は,相続が死亡によって開始し(同法882条),相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すること(同法896条),さらに,相続人が数人あるときは,相続財産が共同相続人らの共有に属すること(同法898条)を規定しており,相続人が1人である場合において,当該相続人が,相続開始(被相続人の死亡)時に,被相続人の相続財産を承継するものと解するべきことは明らかである。そうである以上,原告は,本件2次相続の開始(亡Bの死亡)時において,亡Bの遺産を取得しており,原告が,本件2次相続の開始後,既に自己に帰属している亡Bの遺産(亡Aの遺産に対する相続分)を,改めて自己に帰属させる旨の意思表示(遺産処分決定ないし遺産分割協議)を観念する余地はなく,原告の主張する遺産処分決定は法的には無意味なものといわざるを得ない。また,上記検討によれば,本件2次相続の開始時に亡Aの遺産に係る遺産共有状態は解消されており,原告が,亡Bの死亡後において,本件1次相続における亡Bの相続人としての地位と,原告固有の相続人としての地位を併有しているということができないことも明らかである。
(2) この点,原告は,第2次相続によってたまたま相続人が1人となったからといって,当該相続人による遺産分割を認めないのは,複数の相続人がいる場合に比べて不合理かつ不公平であるなどと主張する。しかしながら,本件事案において,単独の相続人による遺産分割が認められないのは,前述のとおり,民法上,相続人が相続開始(被相続人
の死亡)時に被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継することとされ(同法886条,896条),複数の相続人(共同相続人)の存在が遺産分割の当然の前提とされている(同法898条)からであり,法律上遺産分割の余地がないことをもって不合理かつ不公平であるということはできない。また,原告は,本件2次相続によって,単独の相続人となり,亡Aの遺産に対する亡Bの相続分を含めて,亡A及び亡Bの相続財産を全て承継することとなるのであるから,原告による遺産分割(遺産処分決定)が認められないことにより,原告の取得する相続分が制約されるわけでもない。この点,原告は,共同相続人の間で遺産分割協議が行われ,中間省略登記を経る場合と比べて,原告の納付すべき相
続税及び不動産の登録免許税が増額することとなるのは不公平であるなどと主張するが,その前提となる事実関係及び法律関係が異なる以上,その納付すべき相続税及び不動産の登録免許税に違いが生じることをもって不合理ないし不公平であるということはできない。
なお,原告は,家庭裁判所においても相続資格の併有が認められている旨主張しているが,遺産分割における相続資格の併有が問題となるのは,数次相続が発生し,かつ,複数の相続人が存在している場合であり,本件事案のように,数次相続の結果,他に相続人がいないこととなったのであれば,遺産分割調停ないし審判の利益が失われることは明らかである。さらに,原告は,信託法の規定に照らし,相続資格の併有が認められるべきであるという趣旨の主張もしているが,原告の指摘する信託法の規定は,本件事案と関連性のないものであり,原告の上記各主張を採用することはできない。
(3) 以上によれば,本件各共有持分は,原告の遺産処分決定によって,本件1次相続開始時に遡って原告に帰属したということはできず,本件遺産処分決定書によって,この点を形式的に審査することはできないというべきである。
4(1) 当事者の主張内容に鑑みて,念のため,亡Aから原告に対する中間省略登記の可否という観点から検討するに,原告は,本件事案についても,例外事例②と同様,中間省略登記が認められるべきである旨主張している(なお,本件事案が例外事例①,③及び④に該当しないことについては当事者間に争いがない。)。しかしながら,例外事例②においては,共同相続人間において遺産分割がされ,その中の1人が相続しているのに対し,本件事案においては,亡Bが遺産分割をしないままに死亡しており,本件事案と例外事例②とでは,前提となる事実関係が異なっているというべきである。さらに,民法は,遺産分割の効力が相続開始時に遡及する旨規定しているところ(同法909条),例外事例②の場合,相続財産は,遺産分割の結果,相続開始時から当該相続人に帰属したこととなるのに対し,本件事案の場合,前記検討のとおり,亡Aの遺産(本件各共有持分)は,本件2次相続の開始時においてその全部が原告に帰属することになるのであって,本件1次相続の開始時に遡って原告に帰属することになるわけではない。以上のとおり,本件事案と例外事例②とでは,重要な事実関係及び法律関係が異なる以上,本件事案が例外事例②に該当しないことは明らかであり,また,これに準じる場合であるということもできない。
(2) 前述した不動産登記制度の目的(前記1)に照らせば,物権変動の過程,態様を忠実に登記記録に反映させるのが不登法の原則であり,数次相続が発生した場合における中間省略登記(例外事例①ないし④)は,登記実務上,例外的に認められるものであるというべきである。本件事案が例外事例①ないし④に該当しないことは上記検討のとおりであるところ,原告が本件各共有持分について遺産処分決定をすることが観念できないこと(前記3)を併せ考えれば,原告の主張する中間省略登記は,法的根拠のない権利変動を公示するものといわざるを得ず,本件事案について,あえて中間省略登記を認めるべき事情があるということもできない。
なお,原告は,本件各共有持分を亡Aから直接原告に移転する中間省略登記によっても,登記原因に第1次相続の相続人と第1次相続の年月日を記載することにより,実体法上の権利変動の過程,態様を最小限公示することができるなどと主張しているが,本件各登記申請は,本件1次相続を原因として,本件各共有持分の全部が亡Aから直接原告に移転することを内容とする登記申請であるから(前提事実(3)),本件各登記申請の内容では,本件各共有持分に係る権利変動の過程,態様を最小限公示したことにならないことは明らかであり,この点からも,原告の上記主張には理由がない。
(3) 原告は,本件事案のような事例については,長年の慣行として,遺産分割協議書又は遺産処分決定書による相続登記を認める登記実務が存在していた旨主張している。そこで検討するに,証拠(甲5,8の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,三多摩支会は,平成6年11月18日,本件と同様の事案(甲が死亡して乙及び丙が共同相続人となったが,遺産分割未了のまま,乙が死亡して丙が単独の相続人となった事案)について,遺産処分決定書又は遺産分割協議書を添付して,直接甲から丙に対する相続登記を申請することができるという取扱いを決議したこと,三多摩地域以外においても,同様の取扱いを認める例が,複数存在していたことが認められる。また,三多摩支会の実務協議会決議集の記載(甲5〔14ないし16頁〕。以下「三多摩支会資料」という。)によれば,東京法務局民事行政部不動産登記部門は,平成6年当時,三多摩支会における上記取扱いを是認する内容の見解を示していたことがうかがわれる。
しかしながら,遺産分割をしないまま第2次相続が開始し,相続人が1人となった場合において,遺産処分決定を観念する余地がないことは前記検討のとおりであり,原告の主張する上記取扱いは,実体法上の根拠がないものといわざるを得ない。
さらに,三多摩支会資料のほかには,法務局その他の公的機関が,原告の主張する取扱いを認めることを公的見解として明らかにしたことをうかがわせる事実ないし証拠はなく,登記分野の法律雑誌において,上記取扱いを否定する本件各記事が掲載され,東京法務局民事行政部不動産登記部門も,本件各処分の当時,本件各記事と同様の見解を有していたこと(前提事実(4)ア)をも併せ考えれば,原告の主張する上記取扱いの例が複数存在していたからといって,このことが登記実務を法的に拘束するものであるということはできない。
そうである以上,原告の主張する取扱いを認めた実例が複数存在していたこと等を踏まえても,本件において,あえて中間省略登記を認めるべき事情があるということはできない。
5 以上のとおり,原告が本件各持分について遺産処分決定をすることはできないから,これを前提とする本件遺産処分決定書によって,本件各登記申請に係る物権変動(本件各共有持分全部が本件1次相続により亡Aから直接原告に移転したこと)が有効に成立していることを形式的に審査し得ないことも明らかである。
したがって,登記原因証明情報の提供がないとして,不登法25条9号に基づき,本件各登記申請を却下した本件各処分は,いずれも適法である。
第4 結論
よって,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。


司法書士高島一寛

千葉司法書士会 登録番号第845号

簡裁訴訟代理関係業務 認定番号第104095号

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(略歴)
・1989年 千葉県立小金高等学校卒業
・1993年 立教大学社会学部卒業
・2000年 司法書士試験合格
・2002年 松戸市で司法書士高島一寛事務所を開設

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松戸市の高島司法書士事務所は2002年2月の事務所開業から20年以上の長期にわたり、ホームページやブログからお問い合わせくださった個人のお客様からのご相談を多数うけたまわってまいりました。

当事務所の新規開業から2023年末までの相続登記(相続を原因とする所有権移転登記)の申請件数は1200件を超えています。


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